DVD鑑賞店の話

研究所に正式配属されて約1ヶ月が経ちました。職場環境にも徐々に慣れてきて、グループ内で歓迎会もしてもらいました。しかし一方で、最近危険に感じることもあります。
それは、まだ仮配属されたばかりの頃に隣の部門のセンター長に言われた言葉でした。

「脱日常化」

研究で大事なのは、10年後のお客様が欲しいと思う技術を見つけられるかどうかだ。そのためには、日々フィルタリングしなければならない。見えないところに目を向けること。習慣化してしまうと見る目がなくなってしまう。

この言葉はつまり、毎日同じ生活を繰り返して習慣化してしまわないように、というアドバイスだったのです。しかし実際には、イヤホンで音楽を聞きながら毎日通勤しているので、周りの景色の変化に気を止めるなんてことはほとんどなくなってしまっているような気がします。(ダメな典型ですね)

そんなある日、ビルに掛かっていた大きな看板に目を奪われることがありました。それはDVD鑑賞店の看板だったのですが、そこにはなかなか面白いことが書かれてあったのです。

そこで今回はDVD鑑賞店の看板に書かれてあった言葉から、利用者視点で考えることの重要性について書いてみようと思います。決して卑猥な話ではないです。

ホテルがライバル

先日、同期との飲み会に出席するために渋谷に行ってきました。職場は横浜なのであまり東京のほうに行くことがなく久しぶりの東京だったのですが、渋谷に至っては指で数えられる程度しか行ったことがありませんでした。なので、周りの建物をキョロキョロ見ながら居酒屋まで行ったことを覚えています。そして、居酒屋の近くの曲がり角に差し掛かったとき、ふと大きな看板が目に入ってきました。
それは、DVD鑑賞店の看板だったのですが、そこには大きな文字で「ホテルがライバル」と書かれてあったのです。
一見すると不思議な看板です。DVD鑑賞店というのは個室でアダルトビデオを見るための店と認知していたので、ホテルがライバル(競合相手)になるとはふつう思わないでしょう。
しかし、僕はその看板を見た瞬間に「あること」に気づきました。

利用者視点で考えることの重要性

DVD鑑賞店の競合はどこだろうか。風俗店?いや、ホテルである。
この言葉の意味を隣にいた友人に話したところ、全く相手にされないどころかDVD鑑賞に興味があるの?と言われてしまったので意気消沈だったのですが、この意味は結構深いように思います。これに関してはGoogle及川卓也氏も自身のブログで語っている。


カプセルホテルを例にあげてみよう。カプセルホテルの競合はどこだろうか。ビジネスホテル?いや、タクシーである。
カプセルホテルの利用シナリオで多いのが、終電を逃してしまったときだ。タクシーで自宅まで帰ることと比べて、メリットがあるならばカプセルホテルを選ぶ。タクシーで帰宅すれば、自宅で風呂に入れ、普段のベッドで寝ることができ、着替えもできる。ただし、タクシー料金がかかる。距離によっては、カプセルホテルの料金はタクシーで帰宅するよりも安いが、簡単なシャワーくらいしかなく、睡眠スペースも狭く、着替えはできない。次の日に出勤する場合には、多少気まずい思いをするかもしれない。
カプセルホテルは、このようなタクシーとの比較で優位に立たなければならないのだ。同じドメイン(領域)でしか競合を考えないと、どうしても視野が狭くなる。実際に利用者が望んでいることの、根本まで立ち返って考えれば、本当の価値を顧客に提供することができる。終電を逃してしまったカプセルホテルの顧客の希望は、リーズナブルな料金でできるだけ良質な睡眠をとり、次の日にできるだけ仕事にさしつかえないよう出勤することである。

もう一つ例をあげよう。航空会社の競合相手はどこになるだろう。いろいろな答えがあると思うが、一つ彼らが競合として意識しているのが、通信事業者だ。出張という航空機のビジネス利用は、人と会い、そして議論することが目的である。いまや通信技術の発達により、実際に現地で会わなくても、それは実現できるようになっている。電話会議、ビデオ会議、インターネットによるメール、チャット、そのほかの通信手段。こうした通信によっては実現できない、もしくは効率的でない場合に出張を考えることになる。このケースも、カプセルホテルとタクシーの例で見たように、料金とのトレードオフがキーとなる。航空業界各社は業界内の競合だけでなく、このような通信事業者との領域を超えての競合を考えなければならなくなっている。

Nothing ventured, nothing gainedより

ここで、今回のDVD鑑賞店とホテルの例に立ち戻ってみましょう。DVD鑑賞店はネットカフェなどと同様に寝泊まりするために利用する人もいるようです。つまり、DVD鑑賞店にとってはホテルが競合になるというわけです。
渋谷で出会った一つの看板はとても重要なことを気づかせてくれました。
新しい技術やビジネスを考える上で、利用者視点に立ち、何が本当に必要とされているのかを考えることが大切です。そのためにも、脱日常化して、日々フィルタリングしていかなければいけないですね。